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コネクシオンで時々流れる音について

 最近のことである。
 知人を訪ねた。室内で馴染みのある音がしていた。「これはハンク・モブレーの『ソウル・ステーション』でしょう?」と問いかけた。知人は携帯電話の画面を見た。音も、そこから出ているらしかった。「当たりですよ」と少し驚いた様子の声で、答えがあった。そして、「なぜわかりましたか?」と問い返された。「あぁ…ちょっと、馴染みがあるので」としか言いようがなかった。

 群馬にいて、高校の2年か3年だったから、1986年から88年のどこかだったと思う。
 たまに、精一杯の背伸びをして行く喫茶店があった。ある日一人でコーヒーを飲みに立ち寄ると、幼い男の子とそのお母さんらしき女性が客席にいた。この店にしては、ちょっと珍しい光景だな、と思った。スピーカーから、かなり大きくテナー・サックスの音が出てきた。ご店主は、その男の子に4/4拍子を教えようとしているようだった。「ほら、一緒に数えてみなよ。イチ・ニ・サン・シ、ニィ・ニ・サン・シ…」。男の子は、リズムに合わせて手を叩いていた。プレイヤーの上で回っているレコードのジャケットが掲げられる「NOW PLAYING」のラックには、青っぽい写真が見えていた。

 東京にいて、アルバイトで稼いだ小遣いであれこれCDを買った頃だから、1989年か90年のことだったと思う。
 ブルーノート盤が好きだった。理由らしい理由は、なかったと思う。雑誌かラジオかで、“名門・ブルーノート”と見るなり聞くなりかして、鵜呑みにしていたのだろう。
 そうして買った数十枚のブルーノート盤の中に、ハンク・モブレーの『ソウル・ステーション』があった。

 あれから今まで何回、これを聴いただろうか。年に4回=3ヶ月に1回だけとしても、25年間で100回。それくらいの回数は、軽く超過している自信がある。
 つまり、少なくとも100回、高校生の時にあの喫茶店で鳴っていたテナー・サックスの音は『ソウル・ステーション』だったのではないか?という自問を、反芻していることになる。
 この自問に対する回答は、一切ない。記憶を共有している人は、一人もいない。あの喫茶店も、なくなってしまっているのだ。手がかりとしてあるのは、『ソウル・ステーション』に収まる6曲全部の端正な4/4拍子と、ジャケット写真になっている青みがかったハンク・モブレーのポートレイトだけだ。

 2016年の現在。小さな携帯電話1台で、いろいろな音が聴けるようだ。便利になったものだ。
 携帯電話に何かのアプリを入れ込むと、その場で流れているBGMがどんな曲なのか、測定できるらしい。高校時代の思い出にかざせば、そのアプリは反応するのだろうか。いやいや。反応するわけがない。
 今となってはもう、どうやっても、誰にも、真相がわからない。そんな自分だけの思い出を抱えていることに、残念でありながらもどこか甘美な、複雑な感情が湧いてくることがある。
by connection1970 | 2016-02-09 05:40 | 音楽に関する話題 | Comments(0)
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