バレンタインデーが過ぎた。
この種の、世間全体が盛り上がるようなイベントが、苦手なのかも知れない。クリスマス。ハロウィン。いつも、乗り遅れる。苦手だから、乗り遅れるのか。乗り遅れるから、苦手なのか。良くわからない。
そんなことをボンヤリと考えながら、終業後の店内で「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を久々に聴いた。マイルス・デイヴィスの『クッキン』に収められている。
何年かのご無沙汰のせいだろうか、こんなにも圧力が低く、かつ少い音だったかな?と思う。ゆったりとしたリズム。ドラムスは最初から最後までブラシで叩いている。歌うようなベースだが、多弁ではない。トランペットの音も全部ミュート。ピアノだけがソロでやや饒舌になるが、かえって他の大部分の繊細さを強調している。
ふと、昨年(2015年)の夏に練馬区立美術館で見た、舟越保武の彫刻を思い出した。赤っぽい大理石でできている、男性らしき人物の頭部だ。作品展示に、舟越自身が記したとされる文章が付されていた。石材店からアトリエまで自分でリアカーを引いて材料を運び、近所に住む石工職人さんから石について簡単な手ほどきを受けて刻み始めた、自分が彫刻家であることを強く意識した…そんな内容だっただろうか。正確なところまでは覚えていないが、ともかく、語り口に熱気のようなものが感じられた。その一方で、彫られた作品は、静謐で透明感のある表情をしていた。
マイルス・デイヴィスの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」も、切削の産物かもしれない、と考えた。
何かしらの、もっと煩雑に鳴り響く、あら熱を持った塊のような、原材料のような、そんなものがこの演奏以前にあったのではないか?そこへノミを入れて、彫り整えていくことにより、この音が作られたのではないか?
もう一回、と思いレコードの針を最初に戻した。「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」が、再度流れる。最後まで聴く。ただし、この音がどうやってできたのかは、やはり、良くわからない。
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コネクシオンで時々流れる音についてもご覧くださいますと、嬉しいです。