以前このブログで少し書いたのですが、最近「5大ウイスキー」という表現を見かけることが多くなりました。スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、そして日本。何が“大”の根拠なのか、いまひとつ自分は理解できていないのですが…いずれにせよ、ウイスキーづくりの技術や歴史を持ち、優れた製品を市場に出し続けている、といった共通点はあるようです。
「5大ウイスキー」の解説には、ほぼ必ず「○○産は□□の特徴があって、●●産は■■の特徴がある…」との記述が出てきます。産地を基準にしたこの分類、うなづけるところもあるのですが、どうにも共感できないところもあります。
日本の大手メーカー2社の製品を例にすれば、原料の穀物はほぼ輸入に頼っているようです。また、スコットランドでは、アメリカのバーボンやスペインのシェリーに使われていた樽を輸入して再利用し、個性的な香りや味わいを作り出すことが伝統的に行われています。これらを単純に、日本産のウイスキーは…スコットランド産のウイスキーは…と分類してしまうのには少し抵抗があります。
21世紀の現代、交通機関は十分に発達しており、物も人も激しく動いています。情報の伝達も、数十年前とは全く比較にならないほど、量とスピードと正確さが増しています。その渦中で、産地という基準は、意義を失いつつあるように思えます。
…と、批判めいたことを書いてみました。
自分は、上記のようなことを言いながら実は、“どこでこのお酒が作られたのか?”に、ついつい興味を持ってしまうタイプでもあります。
昨今では、web上のマップで海外の土地の様子も簡単に見ることができます。また、旅好きな人のブログには、写真がたくさん載せられていたりします。画像にある2本のウイスキー「ブレアアソール12年」(左側)「エドラダワー10年」(右側)も、PCで少し検索するだけで、蒸溜所とその周辺の物事がどんどん見えてきます。
その2つの蒸溜所は、どちらも「ピトロクリ(ピトロッホリー)
Pitlochry」にあります。スコットランドのほぼ中央に位置して、保養地・観光地として知られています。関東近郊で言えば、軽井沢や清里のような町です(現地を見てきたようなことを言っていますが、一度も行ったことはありません…)。
このピトロクリ、かの夏目漱石の随筆集『
永日小品』に出てきます。「昔」という題の、短い回想記です。冒頭の部分を引用します。
ピトロクリの谷は秋の真下にある。十月の日が、眼に入る野と林を暖かい色に染めた中に、人は寝たり起きたりしている。十月の日は静かな谷の空気を空の半途で包くるんで、じかには地にも落ちて来ぬ。と云って、山向へ逃げても行かぬ。風のない村の上に、いつでも落ちついて、じっと動かずに靄んでいる。その間に野と林の色がしだいに変って来る。酸いものがいつの間にか甘くなるように、谷全体に時代がつく。
都会から離れた静かな田舎町で、ゆったりと時間が流れているのが伝わってきませんか?
漱石がピトロクリを訪ねたのは1902年(明治35年)とのことですから、1世紀以上も前のことです。自動車も家電製品もスマートフォンも普及した現在と、時代の差が大きいことは明らかです。
でも、東京にいてPCで「pitlochry」とインターネットに入力するだけで、緑豊かな山と谷、小ぢんまりとした町、それから粛々とウイスキーを作り続けている蒸溜所…昔々とほぼ変わっていないであろう、そんな風景がたくさん見えてきます。
あれれッ?ピトロクリには、水力発電所があるようですね。何だか自分の生まれ故郷に、ちょっとだけ似ているような気がしてきました。