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川又一英『ヒゲのウヰスキー誕生す』

 一冊の本を紹介させてください。
 川又一英『ヒゲのウヰスキー誕生す』新潮文庫 2014年(平成26年)
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 NHKの連続テレビ小説『マッサン』。2014~2015年にかけて半年間、放送されました。記憶に残っている方も、少なくないでしょう。
 ニッカウヰスキーの創業者・竹鶴政孝とその妻リタとの実話をモデルとして、大正~昭和の日本のウイスキーづくりをわかりやすく描いている、とても良いドラマでした。数回だけは見逃してしまいましたが、最初から最後まで楽しく見続けることができました。
 『マッサン』の影響は、大きかったと思います。放送がスタートして間もない頃でした。20代後半あたりと思われる女性がお2人でご来店で、「山崎10年と余市12年(両方とも販売終了品;当時弊店には少しだけ残っていた)、どちらもストレートでお願いします」とご注文でした。うわぁ~、女の子でもこのウイスキーか、しかもストレート!声には出さなかったものの、ずいぶん驚かされました。

 画像で掲出している『ヒゲのウヰスキー誕生す』は、『マッサン』放送スタートのタイミングを見据えてのことだったのでしょう、2014年07月発行となっています。ただし、解説の後に「この作品は昭和五十七年十一月新潮社より刊行された。」と記されています。当初の、つまり昭和57年(=1982年)の単行本も、竹鶴政孝が1979年08月に没していることから考えてみれば、タイミング的に適切だったのかもしれません。

 NHKの『マッサン』公式サイトによれば、「原作・脚本 羽原大介」となっていて、『ヒゲのウヰスキー誕生す』に関しては特に言及がありません。しかし、読み終えた自分としては、『マッサン』のドラマ構成にかなりの影響を及ぼしているな、と感じました。また、何かしら公式サイトで紹介しておくのが親切ではないか?とも思いました。

 少し話が戻ります。この本の初版は1982年です。35年前です。2017年の現在とでは、ウイスキー事情が若干異なっていることをあらかじめ認識しておかないと、読んでいてやや違和感が出てくるかもしれません。
 現在では、より選ばれた素材を、より手作りに近い方法で、より小規模に生産をしているウイスキーが、尊ばれる傾向にあると思います。象徴的なのが、スコットランドや日本のシングルモルトです。蒸溜所に近い産地の大麦を手作業で加工、厳選したオーク樽で○○年熟成、ボトリングは限定数千本、この類の商品に注目が集まって、瞬殺で売り切れたりもします。
 一方、1982年の時点ではどうだったでしょうか。自分はまだ12歳でしたから、世のウイスキー事情は知るはずもなかったのですが…少なくとも現在ほどシングルモルトが流通していなかったのは、確かなようです(※1)。当のニッカウヰスキーも、自社初のシングルモルト「北海道」をリリースしたのは1984年になってからでした(※2)。この時代は、ニュートラルな性質のグレーンウイスキーと個性的なモルトウイスキーとをいくつか混ぜ合わせることによって味と香りの特徴を出す、ブレンデッドウイスキーがほぼ独占的に主流だったようです。
 『ヒゲのウヰスキー誕生す』でも、ブレンデッドウイスキーの完成を最終的な到達点としています。書中から引用します。

 (前略)ニッカウヰスキーでは単式蒸溜器でモルト・ウイスキーを造り、カフェ式蒸溜機によるグレイン・ウイスキーとブレンドできるまでになった。そして来年には仙台にもう一つ原酒工場ができる。(中略)仙台の工場が蒸溜を始めたあかつきには、余市の原酒と仙台の原酒とを混合し、西宮工場のグレイン・ウイスキーとブレンドしてブレンディド・ウイスキーの名にふさわしい製品が育っていくだろう。
 (pp.314-315)

 やや専門的な用語が含まれていますが、ごく簡単に言ってしまえば、現在もてはやされているウイスキーとはちょっと違う、規模の大きい工場で生産した完成品を竹鶴政孝が目指していた、ということになると思います。

 とは言え、この35年間に状況の変化があるにしても、日本のウイスキーづくりに大きな足跡を残した偉人を知るための好著であることは、間違いありません。
 弊店の本棚に置いておきます。ぜひ読んでください。

【追記】
 当書のエピローグで興味深い事柄が書かれている。著者は竹鶴リタの出身地=スコットランドのカーカンテロフ(Kirkintilloch,カーキンティロックとも)の町立図書館で調査をした。その際に司書から、この町が1968年まで禁酒区だったことを聞き取っている。
 スコットランドと言えばウイスキーの本場であり、当地の人々も誇りに思い伝統的に好んで飲んでいるのでは?と勝手に思い込んでしまっていたが、必ずしもそうでないばかりか、近年まで禁酒運動(temperance movement)の影響が強かった土地と知り、驚いている。

(※1)土屋守『ウイスキー通』新潮選書 2007年 p.23
(※2)『ニッカウヰスキーと私~竹鶴威の回想録~』「第61話 シングルモルト北海道

by connection1970 | 2017-02-02 17:28 | 本に関する話題 | Comments(0)
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