一冊の本を紹介させてください。
小泉武夫『発酵 ミクロの巨人たちの神秘』中公新書 1989年(平成元年)
さて、この本を読んで思ったことが、一つあります。
お酒類に日々接していると、とても大事な事実をポッカリと忘れてしまっているようです。それは、“発酵を経ていないお酒はない”ということです。オークションで数千万円の値段が飛び出すようなロマネ・コンティであれ、ホッピーのキンミヤ焼酎であれ、“発酵”があるからこそ、お酒なのです。
自分も含め、サービス業に携わる人は、お客様へ提供する品の良し悪しに関しては、かなり神経を尖らせています。良し悪しを判断するセンスや手腕が、そのままサービス業として評価されるポイントにもなってきますから、当然ではあります。
しかしそれはすなわち、目の前の品に、それも表面的なことにばかり神経を奪われ、“そもそもお酒とは何ぞや”についてスキップしてしまっている、ということかもしれません。
ところで、ひと口に“発酵”と言っても、実にさまざまな領域があるようです。お酒やパンや乳製品、味噌・醤油・酢、納豆に漬物…お馴染みの食品はもちろん、グリセリンやアセトンといった爆薬の原材料製造、さらには産業廃棄物や廃水の処理…
著者は、そのあたりを次の文言で端的にまとめています。
「要するに、微生物の持っている機能を広く物質生産に応用して、人間の有益なものに利用することを今日では広く発酵と呼ぶことにしている。」(p.49)
お酒類を扱うということを言い換えると、微生物の力と人間の知恵との協働とも言える“発酵”の賜物を扱う、ということになると思います。
一杯のお酒にも、目に見えない神秘と先人の努力とが重なっている。そう考えると、毎日の仕事にも張り合いが出てきそうです。
この本は、弊店の本棚に置いておきます。ぜひ読んでください。